「客観的なジャーナリストを自負する私は、本当にノーパットは世界が指摘するとおりの悪人なのかを確かめようとしてきた。しかし、その答えを得るために、自分が今にも戦禍に呑まれつつある場所を巡って世界を旅することになるとは知る由もなかった。私は彼らの物語を記録するようになり、それは次第に私自身の物語となっていった。これは私たちの旅なのだ」
ケイヴァン・バシール ノーパット通信隊
一年前、まだ人間がそこに住んでいた頃、私の故郷のドーハでダークネットを閲覧していた時にすべてが始まった。私はジャーナリストとして、武装したノーパットの問題について深く興味を持つようになり、この国を持たない兵士集団との窓口を得る方法を見つけようとしていた。午前3:28になって、匿名の情報源から私にダイレクトメッセージを送信されてきた。その情報源は、自分が世界的な最重要指名手配者であり、ノーパット最大部隊の司令官として知られる「オズ」であると言うのだ。 それ以前にも同様のメッセージを受け取ったことがあったが、それが本物のオズであった試しは一度もなかった。その中には、反ノーパット作戦を展開する政府エージェントや、私が平静を装って隠れているオズだと言いがかりをかける者もいた。だが、今回は違った。テロリストを援助していると主張するカタール警察が私の家に押し入ったところでチャットは終了し、私は国を追われる身となったのだ。 しかし、40年代に入るまでには、ベネチアと言えば水、と言うのと同じように、ドーハと言えば砂というイメージが出来上がっていた。拡大する砂漠との長年の戦いののち、街を去る資金を持たなかった者たちのみが今でも執拗に豪華なハンドバッグを宣伝し続けている、壮大なLEDの光の下に残ることとなる。30年代のカタールは、石油の値段が急騰したおかげで非常に繁栄していた。この国はエジプトの成功例に続きたいとの願いから、砂漠化の対策に巨額の投資を行っていた。一時は人間が自然を手懐けられたように見えていた。だが、そののちに石油が枯渇する。 飢饉、問題に対する失策、政府の抗議行動はすべて砂のモンスーンに付随して発生したものだった。その後すぐに軍事警察がそこら中に姿を現すこととなり、カタールを次のノン・パトリエイテドの火種とする可能性のある者すべてを逮捕するようになった。 そして私のブラウザーの閲覧履歴には、マズイ記録が残っていた。 砂の嵐の盾が私を生かしている。自分を追跡する装甲車両から隠れていた私はLED広告の中にある異変に気が付き始めた。数ある画像の中に埋もれていたのは紛れもなく、斜線が描かれた旗、つまりノーパットのエンブレムだった。 私はその“パンくずの道標”を追って、廃墟となったサッカースタジアムの地下にある墓所に辿り着いた。リラックスした振る舞いが困惑を感じさせる、50代と思しきバミューダ風ショーツを着た軍人が懐中電灯でトンネルの入り口を照らすと、そこはセントリーシステムによって守られていた。男は手を出した。彼は「ピョートル・ガスコヴィスキィだ…」とうなるように言った。そして完璧なアラビア語で、「これは一度切りのことだからな」と言った。 頭上で風がうなりを上げる中、私は暗闇の中へ消えゆきながらこう思った。「私が再び、ドーハを故郷と呼べる日はやって来るのだろうか?」
そのときは一年もしない内にカタールが破綻国家となり、ドーハの街が砂の中に消えることになるなど知る由もなかったのである。
願い事は慎重に選ぶべきだ…ドーハを脱出してもうすぐ2か月になろうとしている。私はオズの残した“パンくず”を追って、貨物コンテナで造られたインドのセーフハウスへと辿り着いた。その中は武装したノーパットで溢れ返っていて、元情報部員、元医者、ナイトクラブの用心棒や車の整備士などがいた…その全員は、自らの過去を隠そうとしていたが、彼らの話すデマカセ話に耳を傾け、皮肉な笑いを観察しているうちにそれぞれの来歴を伺い知ることができた。 悪名高いインドのハッカーで、元MARCOS士官であるスペシャリストのナヴィン・ラオは、世界中のノン・パトリエイテドの間で貨物を輸送することが極めて危険な仕事となった30年代に武装タスクフォースが出現し始めたのだと言った。これに対し、各国政府はノーパット全体を厳しく取り締まり、彼らを密輸業者や海賊として扱った。それに対し、ラオは肩をすくめるだけだった。「だから困窮した同胞に食糧を輸送するとき、俺たちは眼帯を着けるんだ…ノーパットを助けられるのは、俺たちノーパット以外にいないだろう?」 ラオの考えは完全なる真実だったのだろうか?その答えを見つけ出す方法は一つしかなかった。もちろん、このタスクフォースには一つ、重要なものが欠けていた。それは船だ。我々が世界最大の船舶解体場にいる、という事実に手がかりは隠されていた… 強奪が行われようとしていたのだ。 船舶輸送はシンプルなビジネスだ。船より商品が多ければ、値段が釣り上がる。商品より船が多ければ、値段は下がる。30年代後半、第二次世界恐慌の結果、世界には輸送する物資が不足していた。値段にてこ入れをするため、輸送産業はアランのような船舶解体施設へと姿を変え、使われなくなり風化した艦隊を伸張性の高い鋼鉄へ転換する作業を行った。しかし間もなくして、アランは別の何か…そう、“奇術”で有名な場所となる。貨物船が丸ごと消滅し、数か月後に凄まじい成長を見せるノーパット艦隊の一部として発見されるなど、これは奇術以外のなんでもない。 それは、この街が隠していた最悪の秘密だった。腐敗した商人たちが、闇市場でノーパットに対しスクラップになるはずの船を売却していたのだ。だが、インド軍が止めに入るのは時間の問題だろう。
あの夜、豪風が吹き荒れる中、まるで全方向から銃声が聞こえてくるようだった。インド軍が我々の追跡を続ける中、ラオはかすり傷を拭い、舵を取って、我々の逃亡ルートを封鎖している黒い鉄の船の残骸周辺を進んで行った。 晴れた日であれば、壮観な眺めとなっていた見事な手際だ。しかし、25フィートの波の中で、上陸した船乗りたちのように揺ら揺らしているボートを操縦し、追跡者たちを撒いてタンカー船の墓場に置き去りにしたのは驚異的だった。 グリニッジ標準時午前1:32までに奇術は完成し、我々は21番目の緯度線上に消滅する。我々のボロボロで古びたコンテナ船は、非公式に「ザ・カッパーフィールド」号と呼ばれ、ノーパットとしての航海を始めることになった。
失うものなど何もない者にとっても、これが正気の沙汰でないのは明らかだった。数か月間、プロセッサーから豚バラ肉まであらゆるものを輸送したあと、最新の貨物となったオーストラリア難民65人が、このタスクフォースの経歴に「コヨーテ(不法移民の仲介業者)」を追加した。霧の中から次の目的地が現れたときには、思わず息をのんだ… シンガポールにある最新鋭の自動化された港である、ブラニ島を守るシーウォール(防波堤)を我々の船が通過したとき、辺りはまるで水を打ったような静けさだった。ラオの奇術のおかげでスキャナーを迂回する認証情報が手に入ったのだろうが、その厳格さで有名なシンガポール海事港湾庁(SPA)がこの船に気付いたらどうなるか…
…一瞬のうちに大騒ぎになるだろう。
30年代半ばには、海面上昇によって世界にある商業港の3分の1が壊滅した。これに対し、シンガポールはAI主導の貨物流通システムを守るための革新的なシーウォールを建設し、ブラニ島は世界貿易の中心地となった。 「ノーパットの問題は馬鹿げたPRに起因している」とスペシャリストの“キャスパー”・ヴァン・デールはこぼす。「シンガポールはかつて我々を許容していた。だが、テロリストとその生みの親が、同情を買うためにノーパットを名乗り始めてから面倒なことになった。アメリカはこの地の支配権を失うことを恐れ、悪評を広めてシンガポールにノーパットの艦隊をすべて締め出させた」 奇跡的に、気付かれずに停泊できた。キャスパーはOV-P偵察ドローンを展開して安全を確認しながら、ラオは簡易ベッドやトイレ、10日間分の物資が装備された、くたびれた輸送用コンテナに難民を案内する。コンテナの中には何が入っているのか…最後の難民が隠れ場所に滑り込む前にサイレンが鳴り出した。レンジャー(頭部に銃が装着された四足歩行のロボット)がまるで空から降ってきたかのように、我々の船に向かって突進してくる。キャスパーは敵の機械を素早く狙撃する。カッパーフィールド号が船着き場から急に動き出した。驚くべきことに、ラオは島の自動分配システムをハッキングし、あらゆる場所にコンテナを投下して妨害を行う。しかし、これではまだ不十分だ。 SPAに追われて外洋に出る。銃声、悲鳴。さらに銃声が鳴り響く。何も聞こえない。その時、耳をつんざくような砲撃音が聞こえた。心臓が止まるほどの衝撃を受けながら、その爆風が地平線上に見える船団から発せられたことに気が付いた。ノーパットの艦隊だ!漁船、コンテナ船、タグボート…武装している者がどれほどいるのかは不明だが、SPAはそんなことに興味はない。奴らは逃げ出した。世界には12億の難民がいると言われるが、その一部はこのタスクフォースの味方のようだ。
オズは『知るべき必要』という概念を全く新しいレベルに高めた」わざとらしい仕草でマケイが言う。「電報から目的地を決定したが、あの情報はフォーチュンクッキーの占いみたいに不確かだった。十分に気をつけろよ」 2日間もあてどなく黄海をさまよい続け、上からの連絡を待っていたのはこれが理由だ。船酔い以外にも意識を向ける先があったのは幸運だった。無線からは絶え間なくニュースが流れていたのだ。間もなくして、オズの陰謀を明らかにするAUNの知らせがこの船に届く。午前7:30頃、テソン電子の取締役秘書が会社のヘリコプターを盗み、韓国のソンドにある本社から10ペタバイトの内部データを流出させた。犯人は20代の目立たない韓国人女性で、アメリカやロシアなど、外国の諜報活動員だった可能性が示唆されている。明らかに怪しげな話だ。 この十年で持続しただけでなく繁栄してきた韓国は、成功した経済国の一つといえるだろう。その分け前の大部分を手にするにふさわしい会社が存在する。テソン電子だ。大停電が起こる前、世界のほぼ全域は衛星インターネットに移行していた。2040年の惨事のあと、世界は暗黒時代に突入した。ありふれた業者の一つだったこのプロバイダーは、未開拓市場に向けて開発された次世代のソリューションと共に躍進を遂げる。宇宙に高価なハードウェアを再び配備することなく、世界をオンラインに戻すことを約束したソリューション。それがK-Netだ。2041年春までに、テソンはインターネット通信量全体の60%を掌握し、やがてソンド市の中心にある量子データセンターにも潜り込んだ。アメリカとロシアの諜報網は、その情報の宝庫に侵入することで、圧倒的な戦術的優位を手にできた。だが、他にもテソンに関心を持つ“第三の勢力”が存在したのだ。彼らはこの情報戦争に加担していた… 私はニュースを聞き終え、甲板に出て外の空気を吸いに行った。その時、遠くに見えるものがあった。真っ黒なヘリコプターが炎上しているのだ。見紛うこともない、側面にはテソンのロゴが刻印されていた。ヘリは墜落していき、船の端に皆が殺到した。ニュースで報じられていた目立たない韓国人女性が、パラシュートで甲板に降下していく。スペシャリスト、ジス・パイク。彼女はオズの命令でテソンに侵入した、ノーパットのスパイだった。キャスパーとラオが彼女を甲板下に案内する中、私の脳内では何百万もの思考が交差していた。シンガポールのあと、私はノーパットが情け深い負け犬だと信じ込んでいた。彼らは窮する者を生かすため困難な選択をしたのだと。だが、実際には諜報網に入り込み、超大国を手玉に取る一部の巨大テクノロジー企業の姿があった。
陰謀論はフェイクニュースばかりではないようだ。
二重包みのゴミ袋が44ガロンあれば、約22kgを回収できる。10,000 SGD紙幣の平均重量は1.081グラムだ。つまり、ロシア軍がシエラ級潜水艦から船に投入した袋には、2億SGD以上の価値があったということだ。突然、艦橋に置かれた古い電信機器が鳴り出した。オズからだ。パイクがメッセージを読み上げる。「コンテナを5つ受け取った。クールーまで運んでくれ… 冗談だろ!?」 その一日後、私たちは新たな海上交易を行った。ロシアの貨物船が今回の相手だ。その船にはフランス領ギアナ宛てのコンテナが5つ積まれている。積荷目録によると、コンテナの中身はSynseco社のGMOパイナップルだった。常温で最大24ヶ月は持つらしい。ロシア人は何故、フルーツの輸送にノーパットを依頼したのだろうか?第一に、フランス領ギアナが地球で最も危険な場所の一つであるが考えられる。第二に、コンテナが甲板に降り立った時点で、中のパイナップルが非常に特徴的な金属音を立てていた。
その三週間後、私たちは鉄道で貨物をフランス領ギアナに運んでいた。この場所が超大国に注目されるとは思わなかったが、2040年の大停電は世界の様相をひっくり返していたのだ。ラオによると、「大停電がインターネットを潰したと思っている人間は多いが、本当に影響が大きかったのは軍事関連」とのことだ。「2つの超大国はスパイ衛星を失い、宇宙にハードウェアを再配備しようと先を競った」アメリカ軍はカナベラルを海に失ったばかりだったため、連中がクールーで古いEUの発射拠点を嗅ぎまわっているのではないかと噂が立つまで、そう時間はかからなかった。「まともな奴がいなけりゃ、違法な宇宙デスレーザーを発射するのにもってこいの場所だ」ラオは笑う。 ロシアは噂を信じていたのだろう。フランス領ギアナでアメリカ軍に対する反乱に手を貸していたからだ。「ロシアは暴動を引き起こすスペシャリストだな」と、別のスペシャリストであるマリア・ファルックはにやついた。「この場所で怒りが爆発するまで、そう時間はかからないだろう」と元衛生兵が言った。先行きを少し心配しているようだ。
その一週間後、私たちはクールーに到着した。ロシア製の武器で武装した地元の民兵組織に荷物を届けるためだ。コンテナが開けられるたび、「パイナップル」が現れた。思わず苦笑をこらえられなかったが、フルーツが取り除かれ、Volcov製の多連装ランチャーが隠されているのがあらわになり私の表情は一変した。ロシア製ロケットランチャーの一級品だ。だが誰かが口を開くよりも前に、アメリカ軍が一帯になだれ込み、激しい銃撃が起こった。鋭い痛みが身体の左側を貫く。私は意識を失った。目が覚めた時には、私は台に載せられマリアの手当てを受けていた。包帯が腹に巻かれている。初めての銃創だ…これが最初で最後になるといいが。 私はこれまで、ノーパットがただ生き残るためだけに、想像だにしなかった仕事を世界に押しつけられていると語るのを何度も聞いた。もしかしたらオズは私にそれを見せつけたかったのかもしれない。まるで私が書き起こすことを望んでいようだった。だがロシアの汚い仕事をした今、ノーパットは生存に伴う犠牲を見失っているように思える。私が失った何かと同様に。
例えば、あなたが銃弾による傷を負って戦地を逃れるときに、親切にも誰かが車に乗せてくれたとしよう。しかし、その者に行先を聞いてはいけない。こうして、私はロシアの「世界の果ての給油所」と呼ばれる南極の石油掘削基地に取り残されてしまった。
長年、世界中のノーパットはロシアに石油を頼っていたが、状況が変わってきたのは明らかだ。ロシアとアメリカは対立している。我々が到着したと同じ頃、ロシアはノーパットへの石油供給停止を決定した。これを免れるには、ロシアに唯一の忠誠を誓うしかない。オズにとっては払いたくない代償だ。 「ほとんど人質のようなものだ」、三週間前から自分の船が立ち往生しているスペシャリストのコンスタンティン・アンヘルは語った。「戦争が始まるぞ、友よ。誰もがそれを知っている」その言葉は予言のようだ。その直後、地平線上にアメリカの駆逐艦が現れ、クラクションが鳴り響いた。39年には海面が上昇し、各国はようやく南極の氷に手を出してはいけないことに気が付いた。ただし、ロシアだけは大陸を掘削から守るための国際条約を密かに破った。人里離れた科学施設が、ひっそりと一日4000バレルの原油を精製する工場になった。「アメリカがここを取りに来るのは時間の問題だ」とアンヘルは言う。「もちろんペンギンを救うためではない」 そのうちに、ノーパットの船の多くがここで立ち往生し、忠誠を選んだ際の燃料提供について議論するようになる。寒さと孤独は身を滅ぼす。多くは条件を飲む。「短絡的な奴らだ。ノーパットはどちらの勢力につくかを選ぶべきではない」コンスタンティンは続ける。「第一次世界大戦中のポーランドのことを考えてみてくれ」彼らの国は150年間も地図に載っていなかった。ポーランド人の部隊は、混乱が収まったら、誰のためであれ、どんなことでも行った…自分たちが再び国を持てるように。戦争だけが唯一の帰路になることもある」と語った。 最後の言葉。前にもオズから聞いたことがある。いわば、スローガンだった。しかし、今回は数千人が一つの旗のために戦うわけではない。ここにいるのは、団結の意志の乏しい12億人なのだノーパットはポーランド人じゃないし、いつ何が起きてもおかしくない状況だ。 クラクションが鳴り始めると、スターバースト二個分の衝撃が岸辺から棚氷を揺らす。「カウボーイ」と「戦争」の二つを聞き取れるくらいにロシア語が分かるようになった。アメリカ艦は大砲で威嚇射撃をし、無線機から聞こえる自信に満ちた声でロシア軍に退避命令を出す。その時、船がオールド・グローリーではなく、ノーパットのエンブレムを掲げていることに気付いた。のちになって、オズが最も信頼する船長を送り込み、ロシアに力ずくで足止めされていたノーパットを救出していたことを知った。私はMFS-04 エクソダスと呼ばれる船に乗り込んだ難民の中に紛れ込んだ。アンヘルの言葉が耳に響く。関わりたくないも戦いが迫っているが、私はここで戦艦に乗っている。きっと、オズが正しいのだろう。戦争だけが故郷に戻る唯一の道だ。
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